ジブリについては2022年11月から愛知でジブリパークの第一期エリアがオープンして話題になっていますが、私が大学生のころにも東京の三鷹にジブリ美術館がオープンし、話題になりました。
当時、大阪在住であるにもかかわらず、チケットを買って遊びに行った覚えがあります。その時はお金がなくて、行って泊まって帰るだけで精一杯。お土産らしいお土産も買えず、お土産コーナーにあった赤いサボイア(ポルコの赤い飛行機です)が買えなくて悔しい思いをしたのを思い出します。確か、4万くらいだったかな…
さて今回取り上げる「紅の豚」ですが、最初に見たのが、中学生の時でした。もう、その時から「なんでブタなのにかっけーんだっぺ!?(東北弁ネイティブ)」と思いましたが、今観直しても面白いんですね。そして、やっぱり、この年になって観てみると面白い!と思うところは変わってきますね。
とにかく、この映画『カッコいい!』『粋!』がいたるところに見つかります。
そして無粋なのは、いつも国や組織…
しかし、舞台は第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての世界恐慌の時代。世界や、国という単位ですら大変だった時代だから仕方なかったのもかもしれないですね。
貧乏が当たり前、苦しくて人から奪うもやむなし、そんな激動の時代、みんなが生きることに必死だったと思います。初見の中学時代には気付けなかった背景にも思いを馳せたりしました。
前置きはこのくらいにして、それでは、昔の話でもしながらレビューを「」しょう!どうぞ!
【紅の豚】基本情報・登場人物
〇タイトル
『紅の豚』〇上映時間
93分〇公開日
1992年7月〇監督、原作、脚本
宮崎 駿〇声の演出
森山周一郎(ポルコ・ロッソ役)
加藤登紀子(マダム・ジーナ役)
岡村明美(フィオ・ピッコロ役)
大塚明夫(ドナルド・カーチス役)
桂三枝(現:桂文枝)(ピッコロ社オヤジ役)
上條恒彦(マンマユート・ボス役)
稲垣雅之(フェラーリン少佐役)〇一押しポイント
兎に角カッコいい男の生き様と、健気で強い女性の生き様。
主人公・ポルコと舞台
アドリア海のとある孤島、ラジオから流れる音楽(「さくらんぼの実る頃」、たぶんイタリア語)、そして美しい海と空。
そんな魅力的なアジトでリラックスモード豚ポルコ・ロッソが一本の電話を取るシーンから物語は始まります。
主人公のポルコは賞金稼ぎで生計を立てる一匹オオカミならぬ、一匹ブタ。受けた電話も、空賊に狙われた客船を守ってくれというものでした。
商売道具で、彼の象徴でもある紅い飛行艇はこのごろ不調気味。エンジンからもオイルがひたひた漏れる様子ですが、そんな不調もなんのその、空賊マンマ・ユートを一掃します。
人質だった女学生(幼稚園児)を取り返したポルコは新聞上で英雄扱いです。
いつもポルコにいいようにしてやられる空賊は用心棒としてカーチスを雇います。
カーチスは、彼と同名の飛行艇「カーチスR3C-0」を愛用機とする凄腕のパイロットでした。
地位と名誉にあこがれる(でも、どこかに憎めない)カーチスは、さらなる名声のためにポルコを倒すために、空賊と手を組んだのでした。
ポルコの活躍と、ライバルのカーチスの登場を対比的に描く冒頭でも、随所にユーモアがちりばめられており、背景の恐慌時代を忘れさせるようです。
飛行艇乗りたちが集まるホテル「アドリアーノ」での一場面、ホテルオーナーのジーナを中心とした各登場人物とのやり取りも印象的です。ジーナはポルコが人であった時からの古い付き合いですが、この二人のやり取りがとても大人っぽくて、初見の中学生の時でさえ、素敵だなーと思ったのを思えています。
また、本作は当然ながら飛行シーンが多く見られるのですが、メインとなる飛行艇を大きく動かすのではなく、背景のアニメーションで臨場感を出す演出が上手いと思いました。メインの飛行艇(あるいは人物)がしっかり見ることができ、なお且つ、縦横無尽に飛び回る様子が表現されるの手法は素晴らしいです。
そして、音楽との一体感。冒頭から盛り上げが本当に上手いんだなーと感じさせられます。
次々に客船を襲い、ポルコを煽る空賊ですが、愛機が不調なせいもあり彼は一向に相手にしません。
そんな愛機を修理に、とミラノに向かう途中、ポルコは待ち伏せたカーチスの急襲に遭い、ポルコはあえなく墜とされてしまうのでした。
『蘇るサボイアS. 21』
その数日後、ジーナにアドリアーノにかかってきた電話はポルコからでした。カーチスの急襲に遭ったポルコでしたが、大きなケガもなく無事でした。
「程よく痩せた」などと軽口を叩くポルコと、本気で心配して損した、と怒るジーナ。ここのやり取りもまたちょっと洒落てて、ここでのジーナのセリフにある「桟橋の金具」は私の中では名言です。(勿論、人に向かって言ったことはないです)
翼を折られたサボイア(の本体)を、ミラノにある昔馴染みの飛行艇製造会社「ピッコロ社」に持ち込むポルコ。ここでポルコは、若い設計士フィオと出会います。
フィオはピッコロ社長の孫で、17歳の女の子。このフィオがまた可愛いいんですよねー。この時、ピッコロ社には男手(熟練の社員)は出稼ぎに出てしまい全くいません。設計は自ずとフィオが担当するとの流れに…しかし、年の若さから彼女の腕を訝しむポルコ。そのポルコに対する返事として「上手くいかなかったらお金はいらないわ。ね!おじいちゃん!」の言葉にピッコロのオヤジが「ワシの孫だ、上手くやる(に決まってる)さ」と重ねて返すシーンがありますが、江戸っ子かい!って感じですよね。なんだか、こちらまで元気になってくるようです。
前述の通り、男手が無いピッコロ社、飛行艇の製造過程も女性が担当です。親族総出で老若問わず女性ばっかり20名くらい??(2013年に公開されたジブリ作品の『風立ちぬ』とは対照的ですね!)
ここでもポルコは「パンケーキを作るんじゃねえんだがな…」と心配気味。しかし、彼の心配をよそに女性たちは働きます。生活が苦しいのはみんな一緒、女だって男に負ずに働きお金を稼がなければならないという意気込みがあるのかもしれないですね。
一方の男性陣、カーチスとやり合うために一層の飛行艇パワーアップが必要ですが、ピッコロのオヤジは❝とっておき❞をポルコに見せます。それは、新しいエンジン「フォルゴーレ」でした。カーチスのスペックに負けないエンジンについて、「出所は聞くな!」というあたり、ピッコロのオヤジもただの気がいい職人じゃない感が滲み出ていいですね。
ポルコの「デリケートなチューンはするな」といった注文に「ブッダに教えを説くな」というあたり、またまた江戸っ子です。
完成した新しい赤い飛空艇サボイアでしたが、ここはミラノのど真ん中。飛ぶとしたら、街中を入り組むように流れる(ドブ)川しかありませんでした。
危険な飛び立ちであるにもかかわらず、初めての仕事を完遂したいと、初フライトと整備士として付き添うことに引かないフィオに、ここでもポルコが折れます。フィオの座席の狭さに、機関銃を下ろすように言うポルコはなんだかんだ優しいんですね!って感じです。(だからモテるのかな…)
この飛び立ちのシーンは中盤のヤマです。
ここでもイカしたBGMが映画を盛り上げるのですが、ここで使われる曲が『狂気』がまたカッコいい!
私が予備校に通っていた頃、ジブリ映画でお馴染みで『紅の豚』でも作曲を担当している久石譲氏のピアノリサイタルを聴きに行った時、アンコールで演奏していたのがこの曲でした。
迫力と重厚さでお腹いっぱい大満足で帰った思い出があります。
この場面でも、映像と音楽の一体感が生み出す演出は素晴らしいと思います。
古い戦友フェラーリンが国側の立場でありながら内緒で、抜け道を案内してくれるあたりも何だかほっこりです。
『パートナー:フィオ』
眼下に広がる美しいアドリア海の風景。
しかし、舞台は世界恐慌の真っ只中。作中の各場面で観ることができますが、人々の生活は楽ではありません。
「海も陸も見かけはいいがな、この辺りはスッカラカンなのさ」とか
「ぼってるんじゃねえ、持ちつ持たれつなんだよ」とか
こんなセリフに時代の暗さが見え隠れします
ポルコのアジトに無事帰り、ホッとしたのもつかの間、そこには空賊連合が待ち構えていました。
ちっこい野宿用のテントから、溢れ返るように飛び出してくる空賊たちと、その流れに踏みつぶされるボスの様子などは、いかにもジブリ的ユーモアで好きです。
積年の恨みを晴らさんと意気込む空賊たちは、豚をミンチにしてやるだの、新調したばかりのポルコの飛行艇をぶっ壊すだの大盛り上がり。
ここで、フィオ・ピッコロ嬢の一番の見せどころ、空賊たちに自らの所業の恥ずかしさを省みさせ(但し、空賊業そのものの悪さは指摘していないw)、飛行艇乗りの誇りと名誉を思い出させるのです。
この映画で、一番の長台詞じゃないかな?若干17歳の女の子とは思えない見事な啖呵で、空賊たちを黙らせます。「何よ!お風呂にも入らないで」も、また名言です。
その様子を見てカーチスも登場、勝ったらフィオと結婚をすることを条件にポルコとの再戦に乗ることになります。
何とも見境のないカーチスもカーチスですが、この流れでポルコが勝ったら未払いの請求書の支払いをさせる約束を押し付けるあたり、フィオもかなりのやり手です。
結婚を条件に再戦を飲むカーチスはそれ以上の条件を飲む理由はないですからね。その点では、カーチスは男らしい(=立派なスケベ野郎)です。と、私は思っています。
ポルコは勢いと流れでとんでもない約束をしてしまったフィオを一旦はりつけますが、反省するフィオを見て、再戦のチャンスをくれたことに感謝をします。そして、これを機に二人はパイロットと技師として確かな信頼関係を築くのでした。
声優・森山周一郎氏による『昔ばなし』
決戦を前にして、なかなか寝付けないフィオ。その様子をみてポルコは、自分の昔話を始めます。
そうそれは、彼がまだ「マルコ・パゴット」と呼ばれていた人間だった時の話。
一次大戦中にエースと呼ばれていた彼ですが、仲間や、戦友たちが戦争の犠牲になっていく様子に心を痛めていました。次第に厭世的になっていくのも頷けます。
ある日、敵軍に襲われたマルコ大尉の部隊にはジーナと結婚したばかりの戦友ベルリーニがいました。しかし、そんなことはお構いなしに敵機は追い回します。マルコも敵を振り切ることができずに力尽き気を失いますが、次に気付いた時、そこは雲の平原でした。
一面雲の海、そしてさらに高い空に一筋の雲のようなものが。マルコの周りの雲の海から、敵・味方の飛行艇が次々に現れ、その高い雲に向かって飛んでいきます。そこには、ベルリーニの姿も。
そこは戦争で犠牲になった飛行艇・パイロットたちのたどり着く場所だったのです。
ベルリーニに向かって叫び、自機を必死に動かそうとするマルコ大尉。しかし、その場所には行けません。幼馴染のジーナを思うと、ベルリーニを逝かせるわけにはいかない、そんな悲痛な心情が伝わるシーンです。
果たして、マルコはその戦いからは生還するのですが、どうやらこれがマルコが自らに魔法をかけ「ポルコ・ロッソ」として生きるきっかけになったようです。
戦争を嫌い、世を嫌い、人の欲深さを恨み、人として生きることを放棄する。そんな様子のポルコに、フィオは優しく一言「ポルコが生きて帰ってきてくれて嬉しい」と言って、頬にキスをしてくれます。
このやり取りが、人として生きることに再び希望を見るようになってきたのか、彼が自らに掛けた魔法を解くカギになったようです。
『リベンジマッチ!そして、ジーナとのその後は…?』
そして、カーチスとの勝負の当日、決戦の場所となる孤島はならず者たちで溢れ返り、お祭り騒ぎとなっていました。ワイワイガヤガヤ、黙らせるために機関銃やら手榴弾やらを使って見せるあたりは、逆に微笑ましい。
ポルコとカーチス、双方の掛け金(ポルコ側は人だけど)を出し合ったところで、勝負開始です。
ちなみにカーチス側の掛け金を詰めたおっきな袋、書いてあるマークが❝$❞なんですよねー。さすがは「アメリカ野郎」、中身の16分の1くらいはリラでしょうか。
水離れの悪いポルコの艇は序盤こそカーチスに追われる立場となりましが、得意の「捻り込み」で形成を逆転、カーチスにプレッシャーをかけます。
凄腕でアドリア海でその腕を知られるポルコですが、殺傷はしないことでも有名でした。パイロットに当たらぬようやたらと機銃を撃たないその戦い方は、彼の優しさというだけではなく、過去の戦争の思い出がそうさせるのでしょうか。
ちなみに、ここでポルコの赤い飛空艇が雲を引く場面があります。原理を知らなくても、何かすごいことをやってんだなー!ということが分かる、本作屈伸の名場面です。(レシプロ機が、あの晴天下、あの低空飛行で雲を引くのは、ありえないくらい凄いこと、らしい…)
長引く空中戦に、ついに互いの機関銃のは切れ(ポルコの方は故障w)、飛行艇での決着ではつかずに、ゲンコツ勝負にもつれ込むことになりました。
意地と意地のぶつかり合い。互いに下手糞なボクシングでありながらも一歩も譲らない両者。フィオたちの応援にも熱が入ります。
一方、ジーナですが、ポルコの旧友フェラーリンからの粋な密告でイタリア空軍が勝負の舞台となっている島に向かっている情報を得ます。こんな場面からも、友人知人や国と組織、それぞれのしがらみで、互いに助け合いながら生きていることが分かります。
ジーナだって、ポルコの事情と優しさを理解しているからこそ、こういった裏情報の収集を欠かさないし、一方の空賊たちにもホテルオーナーとして憩いの場を提供しながら糧を得ている。ちょっと複雑な事情の中での、まさに、持ちつ持たれつなんですね。
戻ってポルコとカーチスの拳の一騎打ちですが…二人とももう、ボロボロ(笑)。ラウンド終了時にセコンドに引かれる様は、生きているように見えませんw
朦朧とする意識の中最後の力を振り絞りながら、拳を振るうカーチスですが、ジーナの思いに気付かないポルコに「秘密の庭」で今も待ち続けていることを打ち明けます。古い約束(賭け)がまだ生きていること、ジーナの思いがまだ自分に残っていることに赤面するポルコも可愛らしいです。(ただし、顔はボコボコ)
互いに渾身のパンチが決まり、海へ倒れ込む両者。先に立った者の勝利といった場面で、ジーナが駆けつけます。そして海に沈んだポルコにこう呟くのです、
「あなた、また女の子を不幸にする気なの?」
カーチスからジーナの想いを知らされた矢先、ジーナ本人にこう言われちゃ、立たないワケにいかないですよねー。フィオの人生がかかった大一番だったんですから。
幼馴染の優しい皮肉で息を吹き返したポルコ。見事に立ち上がり、勝利を収めるのでした。
抱き付くフィオに「チョロいもんよ!」の一言は、男なら一度はあこがれるシチュエーションかもしれないですね。
迫るイタリア空軍に先立ち、散り散りに島を離れていくならず者達。それを見送りながら、ポルコは残り、カーチスとともに空軍の目を逸らす囮役を買って出るのですが…(危険じゃないのかな?)
この場面でも、ポルコはちょっと人間に戻るようなのです。
ちょとずつ、ちょとずつポルコの魔法が解けていくようなのですが、結果として、ポルコが人に戻ったという描写はありません。
考察はいろいろあるようですが、結論は出てないし、宮崎監督も明言していなかったと思います。(まあ、そういう人だし、それで良いと思う)
ただ、ジーナとの賭けがどうなったかは、まあたぶん〇〇〇が勝ったんだろうなー、っていう描写がエンディングで見られるので、よーく観てみると面白いですよ。(ヒント:紅い飛行機はよく目立つ!)
時間を置いて久しぶりに観ると、気付くところ、面白いなーと思うところがやっぱり変わってきて、それもまた面白いですね。
宮崎監督も、この作品を当初「頭が豆腐になってしまったオジサンのため」の短編として作ろうとした経緯があるようです。
飛行機の映画と言えば、今年は「トップガン<マーヴェリック>」も公開されて話題になりましたよね!あの映画もまた、最高にカッコよかったです。飛行機、パイロットは男子の永遠の憧れみたいなところがあるのかもしれません。(勿論、女性のパイロットだってカッコいい!)
自分が憧れたた大人のカッコよさって何だっけ…?と思った時にちょっと観ると良いかもしれませんよ!
では、次のレビューでまたお会いしましょう!
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