【第2回】 映画「アイ・アム・サム」レビュー

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絆を描いた名作は世の中に数多くありますが、本作は父と娘を描いた感動作です。
テーマは軽くないですが、作中全体的にユーモラスに描かれていることもあり観やすいです。

私が観たのは学生の頃。“親の心子知らず”のいたって普通の大学生でしたが、
それでもショーン・ペン演じる父親サムの姿には感銘を受けたものです。
子供もいる現在は、多分10回観たら10回泣きます。
しかも泣くシーンは観るたびに増える自信があります(`・ω・´)キリッ

本映画で一躍スターの仲間入りを果たしたルーシー役のダコタ・ファニングも去ることながら
サムの弁護士を担当するリタの母親・妻としての苦悩も見どころですね。

本レビューはネタバレ有りですが、本ブログを閲覧いただいた後でも十分楽しめますよ。

父の日じゃなくても是非観てみてくださいね。

【アイ・アム・サム】基本情報・キャスト

〇タイトル
『アイ・アム・サム』(原題『 I am Sam 』)

〇上映時間
133分

〇脚本
クリスティン・ジョンソン
ジェシー・ネルソン

〇公開日
2002年6月公開(日本)
2001年12月公開(アメリカ)

〇監督
ジェシー・ネルソン

〇出演者
ショーン・ペン(サム役)
ダコタ・ファニング(サムの娘・ルーシー役)
ミシェル・ファイファー(弁護士・リタ役)

〇その他
アカデミー賞 主演男優賞ノミネート(ショーン・ペン)

【 It’s a good choice ! 】ショーン・ペン演じる魅力的主人公

明るいサムと赤ちゃんルーシー

中年男のサムはスターバックスのパート店員として働いており、
今日も元気にお客さんに向かって声を掛けます。

「ご注文は?カプチーノかい?いいチョイスだね!」

いつも明るく振る舞うサムはお店でも人気者ですが、実は彼は
7歳程度の知能しかありません。

そんな彼がある日、子供をさずかります。

「あれ?サム、今日は出産予定日じゃない??時間は大丈夫かい?」
声を掛けられ、慌てて病院に駆けつけるサムですが
出産現場の目まぐるしい様子に立ちすくむばかり。
しかし、看護師から生まれたばかりの赤ん坊を抱かせてもらい、
やっと微笑みます。
そして、
サムは娘に大好きなビートルズの曲にちなんで、
「ルーシー」と名付けるのでした。

【 Lucy’s first word was “Annie” 】その家族の始まり

隣人アニー

ところが、ルーシーを生んだ母親は退院直後に失踪。
サムは途方に暮れます。
もちろん、初めての子育ても一人でしなければなりません。
ミルクをあげるにも、オムツを変えるのにも悪性苦闘。
見かねて救いの手を差しのべるのがアパートのお向かいさんのアニーでした。

アニーは音大を首席で卒業した教養ある心優しい中年女性ですが、
過去のトラウマから外出恐怖症を発症、20年もの間家から出られない
生活を送っています。

サムのお願い

サムは赤ん坊が小さいうちはを背負って仕事をしていましたが、
ルーシーも大きくなってくるとそれも難しくなり、ある日アニーに
仕事中を預かって欲しい、と頼むのです。

「ルーシーが初めて話した言葉はね、“アニー”だよ」

自信が持てないアニーは、その頼みを拒みますが、サムの純粋な願いを断り切れず
ついにルーシーを預かることを受け入れるのでした。

サムが呂律の回らない口調で一生懸命話すシーンが各所で観られますが、
ショーン・ペンの演技力の高さも相まって、そのいずれもが心を打ちます。

【 It’s OK, Sam, because I have .00 to contribute. 】障がい者を持つ出演者たちの好演

サムの友人役

この映画、親子愛だけでなく隣人愛もふくめた、助け合いを顕わすシーンも多いですよね。
サムを取り巻く人物として、アニー以外にも4人の友人が登場します。
彼らのうち、ジョーとブラッドの二人は実際に知的障がいを持つキャストで、
サム役のショーン・ペンも役作りの一環として、事前に彼らと親交を深めて撮影に臨んでいます。
その成果はいくつものシーンで見て取ることが出来ます。

ルーシーも小学校に入学する年になり、通学用の新しい靴をサムと友人達で買いに行くのですが、
会計の際13ドルに対してサムは6ドルしか持っておらず困ってしまいます。
しかし、

「心配いらないよ、サム。僕が3ドル助ける!」

友人の一人が言うと、他の友人たちも次々にルーシーの為に援助をします。
彼らの絡むシーンではいくつかアドリブ交じりのシーンがあるのですが、
ここもその一つ。自然なやりとりに見ている私たちも思わずニッコリしてしまいます。

映画を盛り上げるビートルズの名曲たち

続くおまけの風船をもらった彼らが、横断歩道を渡る画は
ビートルズの名盤「アビ―ロード」のジャケットのオマージュ。
本作、カットだけでなく、セリフ、名前、至る所にビートルズが潜んでいますので
探してみるのも面白いかも知れませんね。

【 Don’t touch me. I’ve got cooties! 】子役 ダコタ・ファニングの名演が光る!

成長と共にサムに知能が追い付いていくルーシー。
「大好きだけど、私のパパは友達のパパとは少し違う…」

ルーシーは幼いながらに感じるものを抱えながら過ごします。
そんなある日、二人の身ににアクシデントが起こるのです。

引き裂かれる親と子

ルーシーの7歳のパーティーの際、サプライズにしたいサムと些か擦れた子供たちとの
やり取りの一場面をサムが他所の子に暴力をふるったものと勘違いされ通報されてしまいます。
これをきっかけにルーシーは施設に預けられることに。親子は離れ離れで暮らすことになります。

悲しいかな、子供は時に残酷なほどに正直ですね。
また、少なからず、障がい者に対する誤解・偏見とはあるものです。
日本と比べ障がい者に対して寛容な(というか考え方に違いがある)米国で
あってもある程度はそういうことがあるということでしょう。

あぁやっぱりこうなっていくのね、と少し悲しい気持ちになる場面ではあります。

【 What makes you think you have the ability to be a father? 】社会的なあるべき姿と理想。

思わぬことから最愛のルーシーから引き離されてしまったサム。
こんな時にも頼りになるのはやっぱり仲間です。ブラッドが電話帳から
弁護士リタの所属する事務所を見つけてくれます。

リタは勝気で優秀な弁護士。その仕事っぷりたるや、同僚の男性弁護士もたじろぐほど。

女弁護士リタ V.S. 検事ターナー

成行きから引き受けることとなってしまい、渋々取り組みますが、サムの証人たちは障がい者が殆どです。
児童福祉局側の検事であるターナーからの猛攻にボッコボコにされてしまいます。

サムや、外出恐怖症を克服して証言台に立ってくれたアニーたちを
これでもかというほどネチネチ×8と口撃してきます。
ホントにこのターナー氏、仕事とはいえ作中の数少ないヤな奴担当です(。-`ω-)

ヤな奴なんですけどね、映画の中で観るからそう見えるだけで、現実世界ではたぶん
彼の立場を正とする方が多数派なんだと思います。

前に観た時より少しだけ大人になった今「子供にとっての幸せとは何か?」
ちょっと考えちゃうシーンでした。
そして、この物語の結末が「親子愛の完全勝利!」でないあたり、感慨深いです。

【 I can go… at least another nine rounds. 】再結束、力強い再始動!

ボコボコにされて意気消沈してしまうサム。
「子どもを養育していく能力がない」との判断を下され、
ルーシーはランディ・カーペンターの家に里子に出されしまいました。

自虐的サム

許された数少ない親子面会日であるルーシーの誕生日に里親の家に訪れようとしますが、
結局はルーシーを顔を合わせることなく帰ってしまいます。

そして心を閉ざし、部屋からも出てこないサムは、審査もサボってしまい、
さすがリタも激おこぷんぷんでサムの元に駆けつけますが、
サムの自虐が止まりません。

「キミはいつも子供と入れていいよね」
「僕はバカだから、ルーシーといることが出来ない」
「賢いキミには僕の気持なんか…」

しかし、サムから見れば完璧に見えたリタも、息子との関係や、夫婦関係の欺瞞で疲弊する
一人の女性でした。

立ち直る二人

「あなただけが苦しいわけじゃないのよ!私だって…」

当初は勝ち目の薄い裁判の弁護に乗り気でなかったリタも、サム達の深い愛情や友情に触れるにつれ、心を熱くしているところでした。そして今回のこの判決…

声を張り上げ取り乱すリタにサムは動揺しますが、次第に冷静さを取り戻し、
さらに目に優しさ戻ります。
柔らかくリタの肩を抱き、背をさするサム。
やっぱりサムの素の姿はこれなんだな、と思えるシーンですね。とても素敵です。

これまでよりも深く分かり合い、立ち向かうことを決意する二人。

「まだよ。あと9ラウンドは行けるわ!」
リタはそう口にするのでした。

まぁしかし、私の年が彼女に近づいたからか、このリタ、本当にキュート!
また、不器用な障がい者のアップ状態やダウン状態を見事に演じ分けるショーン・ペンには本当に脱帽です。

【 Any time you want to see him is fine… 】母親とは、父親とは…

とは言え、養育権で争い勝ち取ることは絶望的でした。
そこで、リタは今よりも面会日を増やす要求をする方針へ展開します。

サムは再び里親の元へ行き、誕生日に顔を見せなかったことをルーシーに謝りました。

そして、里親ランディの近くに引っ越し、ピザ屋と犬の散歩のバイト始めます。
このことを里親のランディは快く思いませんでしたが、喜ぶルーシーの顔にやめさせることを強く言えませんでした。

ルーシーとサム、ランディの決意

ルーシーは夜、部屋を抜け出しサムの元を訪れようになります。
サムはその度に、いけないよと諭すように、ルーシーをランディの元に連れて行きます。
毎夜毎夜繰り返し…(ここの表現がとてもコミカル♪)

ある晩、ランディはサムに教えられた通りルーシーの好物のマフィンを用意して、
こっそり出て行こうとする彼女を待ち構えて、こう言います、
「パパに会いたい気持ちはわかるし、遠ざけようとは思わないわ。
ただ会いに行く時は私にも一言そう言って欲しいの」

ランディもルーシーに親として認められたい一方、
ルーシーにとっての幸せについても深く考えていたのです。

しかし、ランディの想いはルーシーには伝わりません。
黙ってマフィンだけ受け取ると、自分の部屋に戻ってしまいます。

そしてランディもある決意をするのでした…

【 All you need is love. 】結末とその後。変わらないモノ。

裁判の前日、リタが息子のウィリーを連れてサムの新居に訪ねます。
以前見た時よりずっと幸せそうな二人。サムも喜びます。

この裁判の一件を通して、サムの優しさに触れ、リタも変わりました。
恩人とも言えるサムの大切な日の前に、彼女なりに気持ちの整理を
しに来たのでしょう。
いつもと通り明るく接してくれるサムに、リタは感謝の意を示します。

「救われたのは私の方よ。」

リタの感謝

サムと会う前、リタは母として、妻として、弁護士として、
いくつものシガラミに振り回されていました。
繕わなくては負けてしまうのに、上手く繕うほどに、
惨めな思いをすることの悪循環…

しかし、本当に大切なことは、いくつもなかったんですね。

サムやルーシーを見ていて、きっと彼女は気付いたんだと思います。
(決心したといった方が正しいかもですね)

必要以上の無理をやめ、本当に大事なものを選び取って
前に進めたことをサムに知らせたかったんじゃないかと、私は思います。

赤い人

そして、里親のランディもまた、揺れ動く心をサムに吐露する一人。

ルーシーと暮らすことでその愛情も大きなものとなっていましたが、
彼女は自分の願いだけではなく、本当にルーシーの幸せを願っていました。

サム達親子の揺るぎない愛情を目の当りにすることで、ルーシーには私よりもサムが
必要なのではないかと
「私はルーシーを世界一愛しているとは、とても言えない」とサムに告白します。

一方、サムはルーシーの描いた絵を指して
「ルーシーの描いた絵の中の赤い人はね、君だよ。」
と、彼女に教えます。
ルーシーは君も愛している。必要としているんだよ、と。(マジ泣ける…)

ルーシーの幸せにとって必要なものを一番理解していたのは、やっぱりサムだったんですね。
愛の本質を一番知っていたのも多分彼だったんだろうと思います。

サムは、自分が親として至らない事を知っていますし、
ルーシーにはちゃんとした母親が必要なことも分かっています。
自分はもちろん、ランディがどれほどルーシーを想っているかも分かっていて、
愛とは相互関係の上に成り立つものであると心で理解しているんです。

ルーシーや、自分だけじゃなく、
みんなが幸せじゃないと嬉しくないし、意味がない。

サムはいつでも、誰とでもサムらしくいられるのがとても素敵だと思いました。

【まとめ】

レビューを書いてて思ったんですが、レビューの冒頭に“親子愛”とか言いながら、
ルーシーについての感想があんまり無いですねー(≧▽≦)
ダコタ・ファニング、可愛い!演技すげえぇ!とかはあるんですけど、
親になった自分が本作を見るとやっぱり“親から”の愛について目が行っちゃいますね。

「子供にとっての幸せって何なんだろう…」

その悩みに寄り添ってくれるサポートがもっと社会に行き届くといいなと思います。

私自身も子供の幸せを守るために、自らを磨いていきたいです。

それでは、また次のレビューでお会いしましょう!

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